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2005年8月30日 (火曜日)

総火演に行ってきました(その2)

さて、27日の富士総合火力演習の模様を当施設でも撮影することができたので、ここに公開しよう。

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三万人の観客

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CH-47Jによる偵察隊員の回収、なかなかコワそう

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空挺隊員による降下演習、毎回必ずこのとき「空の神兵」が流される。

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しかし迫力はなんといってもこれ。90式戦車の射撃。今回施設長の座っていた場所からわずか30~40mの位置でぶっぱなしてくれた。衝撃波で来ていたTシャツと上半身の体毛全部が一瞬飛び跳ねました。

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毎度おなじみ総火演のラストシーン

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演習終了後は装備品展示の時間となる。最初はたくさんの人が集まりなかなか近寄れない。

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今年は今年だけに、96式装輪装甲車と軽装甲機動車は大きな日の丸つきサマーワ派遣仕様を展示。

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戦車やヘリコプターのほか、小火器類の展示もあった。

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2005年8月28日 (日曜日)

総火演に行ってきました

 日焼けが痛くて熱い風呂にはしばらく入れない施設長です。
 総火演、焼き肉屋の名前ではないんです。正しくは富士総合火力演習。これは陸上自衛隊が年に一度静岡県にある東富士演習場で行う、一般公開されたものとしては国内最大規模の実弾射撃演習である。今年は昨日8月27日に実施されたが、各メディアも報道しているようである。

3億4000万円分の実弾射撃・陸自が富士で総合火力演習 共同通信(8/27)
陸自が実弾演習、一般公開…東富士 読売新聞(8/27)

 さて、施設長的に特筆したいのは見に来る人の数だ。どのくらいの人が来ているかご存知だろうか。広大な富士山の裾野の演習場に巨大な仮設スタンドを建設し、集まった入場者が実に3万人。だが、それだけではない。総火演は税金でやってるだけに入場は無料なのだが、応募してチケットを得るには抽選を経ることになる。これが近年当たらない。数年前までは4回に1回くらいしか外れることはなかったのだが、今回実は4年ぶりにやっとチケットをゲットできた、入場無料のプラチナチケットなのである。3万人入れるのにそれだけの応募が殺到していること自体驚きである。これだけの関心を集めているものであることはあまり知られていないかもしれない。自衛隊のイラク派遣などで、最近ますます関心を集めているということらしい。
 しかし、4年ぶりに来て気づいたが、開始の際の国旗掲揚、国歌演奏がなくなっていた。それまでだと、国歌演奏の間は場内の自衛隊員は炎天下の下、国旗に向かって全員直立不動の姿勢で敬礼する。それを見るとやっぱ自衛隊も普通に軍隊なんだねえと思うのだが、やらなくなってしまったようである。前からだが、総火演での会場内の自衛隊員達は、真っ黒に日焼けして屈強な姿をしていながら、見学者にはみょーに愛想がよい。午後の装備品の展示の際も一般客の質問に一生懸命愛想よく説明をしている姿をよく見る。ま、要するに世論をかなり気にしている印象である。
 話しは変わるが、ちなみに施設長は今日、映画「亡国のイージス」を見に行ってしまった。「ローレライ」、「戦国自衛隊1549」とあわせて福井晴敏氏原作の小説が立て続けに映画で公開されたが、これで3本全部見てしまった。「戦国自衛隊1549」と「亡国のイージス」は自衛隊全面協力ということで、本物の戦車・装甲車・攻撃ヘリ、そしてイージス艦と迫力満点の映像が売りである。だが、よく見るとちょいとひっかかる。福井晴敏氏の作品はもちろん反日的・サヨク的内容ではないにしても、「戦国自衛隊・・・」は先に事故で戦国時代にタイムスリップした第三特別実験中隊が織田信長を名乗って暴走し、あとから救出・回収に来た主人公達の部隊と自衛隊同士の戦闘になる。「亡国のイージス」に至ってはイージス艦いそかぜの幹部自衛官が某国工作員と手を組んで反乱を起こし日本が絶体絶命の危機の陥る話しである。その昔フランシス・コッポラ監督の「地獄の黙示録」がストーリーの内容から米軍の協力全面拒否に遭い、やむなくフィリピン軍に撮影協力を頼んだ経緯がある。それを考えれば、これらの映画の内容に少しくらいへそを曲げたってよいものを全面協力というのは、自衛隊も人の良い軍隊である。
 しかしそれはいいとしても、総火演で国旗・国歌をやめてしまったのが、「世論を気にしたから」だとするのなら、残念なことである。軍人が我が物顔に威張り散らし、国の政治にまで介入する軍国主義というのならもちろん許されることではない。だが、民主国家において国旗・国歌は「国民全員のものである国家」を象徴するものであり、それらに軍隊が敬意を払うことはどこも軍国主義的なことなどではない。

平成17年度富士総合火力演習 陸上自衛隊ウェブサイト

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2005年8月17日 (水曜日)

終戦の日関連の社説より

終戦記念日の昨日と今日、全国紙各紙は社説でそのことを話題にした。今年はすべての新聞が靖国神社を話題にしている。今年は8月15日の靖国神社への参拝者が例年をはるかに上回り20万人以上に昇ったという。これほどまでに靖国神社に対する関心が高まった年はない。60年目の節目が強調されるが、それだけが原因ではないだろう。ひとつにはやはり今年春の反日暴動など、首相の靖国参拝を執拗に攻撃する中・韓に対し、これまで無批判だった雰囲気が徐々に変化し、それらの「異常性」を日本の世論が感じ取るようになってきたことは大きい。

【主張】靖国神社 広く国民が参拝する場に  産経新聞社説(8/16)
[小泉首相談話]「軍国主義への回帰はあり得ない」  読売新聞社説(8/15)
社説:終戦記念日 とんがらず靖国を語ろう 還暦機に幼稚さから脱して  毎日新聞社説(8/15)
社説2 首相は言葉より行動で示せ(8/16) 日本経済新聞社説(8/15)

61年目の出発 首相談話を生かしたい  朝日新聞社説(8/16)

で、そのことを強く意識して却って珍妙な内容になってて一番面白かったのが朝日新聞の社説だろう(笑)。
昨日は靖国神社の参道に特設テントとステージが建てられてのイベントが行われて、それを主催だかしたらしいチャンネル桜が夕べその様子を放送していたが、翌日の朝日の社説でそのイベントのことが詳しく書かれるとは意外である。そしてそれに一言、

>あの戦争に対する反省や責任の呪縛から解き放たれたような、奇妙な時空間が広がっていた。

「奇妙な時空間」という悔し紛れなのか何が言いたいのかよくわからない言葉を投げつけるが、具体的な批判は口にせず。韓国でのナショナリズムを持ち出して、「ナショナリズムが暴走することの危険は」と話しをお説教へと持っていきたがるがそりゃ向こうのこと、別に靖国で暴動起きたわけでなしイベントが参道で催されたのどこが「ナショナリズムが暴走する危険」か。そして結びが「なんとか××できないものか」、なんだ結局結論になるものがなかったのかよ。
一生懸命話を持って行きたい方向に持って行きたいがなかなか持って行きづらい。相手に関節技をかけようとして却って自分が身動きとれなくなって悪戦苦闘してるような文章である。

まあそういうメディアもあるおかげで当施設の話のネタも続くわけだが・・・。

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2005年8月10日 (水曜日)

終戦の日には・・・

さて、世間は衆議院解散のニュースで持ちきりだが、まあそれはよそに任せておこう。終戦の日が近づいた今日、台湾の声に再び「転送、転載歓迎」の記事が出てたので、取り急ぎ全文掲載する。今も全国紙や地上波のTVなどのマスメディアを見れば、靖国と言えば左翼が粘着して起こしている訴訟や中・韓の反応を取り上げるニュースばかり。日本人以外の人たちの間にもこのような声があることを果たしてどれだけの人が知っているだろうか。

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件名:「台湾の声」【呼びかけ】在日台湾人も靖国神社を参拝しよう メルマガ「台湾の声」

【呼びかけ】在日台湾人も靖国神社を参拝しよう   
      終戦の日、英霊はきっと待っている

     台湾の声編集長 台湾団結聯盟日本支部代表 林 建良(りん けんりょう) 

(転送、転載歓迎)

 まもなく終戦の日を迎えるが、この日には大勢の日本国民が靖国神社を参拝する事であろう。これまで多くの在日台湾人にとって靖国神社は、日本人の戦没者慰霊施設としてあまり関心を抱いてこなかったのが事実だ。しかしそこにはおよそ2万8千柱の台湾人同胞の戦没者が祀られているということを思うなら、後の世を生きる台湾人としては、その子孫であるとないとにかかわらず、もっと関心を持っていいのではないだろうか。

 靖国の英霊が英霊であるゆえんは、国家に殉じたという崇高な行為のためである。台湾人英霊もまた、当時の祖国・日本に生命を捧げた人々であり、今日の台湾人にとっては決して忘れてはならないものだ。

当時の台湾人は日本国民として生き、戦った。それを否定する戦後台湾人は、戦後の中国人教育の影響を払拭できないでいるだけである。そのようなものからとっとと抜け出し、先人への慰霊と感謝という、人としての当然の気持ちを、靖国神社において取り戻そう。台湾人英霊は台湾人の参拝を必ず楽しみにしているはずだ。終戦の日、在日台湾人は進んで靖国神社をお参りしてはどうだろうか。

 批判など恐れる必要はない。台湾人として堂々と参拝しよう。それは日本で生活するものとしての、日本に対する礼儀でもある。また日本人も戦後教育の悪影響を拭い去り、みなで参拝したらいいだろう。全国民を代表する首相の参拝も支持するべきだ。

 国家の再生は護国の英霊への感謝からだ。靖国神社は日本人に大きな力を与えてくれる事だろう。中国はそのことを知っているから、靖国参拝への干渉行為を繰り返すのだ。

台湾人も日本人も、あやまった戦後価値観を克服し、あらたな時代を切り開いていこう。

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