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2006年4月23日 (日曜日)

日本は海洋調査中止、韓国は名称提案せずで合意:竹島周辺海域

竹島周辺海域での日本の海洋調査に韓国が反発していた問題で、21日、22日とソウル市内のホテルで外務次官協議を行い、一時は決裂したとも報じられたが最後の最後で両国は打開策に合意した。
韓国は、6月の国際会議でこの海域の海底地形について、韓国名を登録する提案をせず、日本も海洋調査を当面実施しないとした。韓国側は日本が海洋調査に踏み切れば、拿捕も辞さずとしており、調査の現場海域で日韓両国が衝突するという最悪の事態は回避された。

一時は決裂寸前も、竹島日韓合意は「痛み分け」 読売新聞
竹島問題、日韓が合意 日本は海洋調査中止 朝日新聞
日韓、竹島問題で合意・測量は中止 日本経済新聞

やはりこの問題毎度印象的なのは日韓の反応の仕方の違い。日本ではメディアが大きく取り上げるようになったのは外務次官協議が始まってからくらい。しかし「決裂したのか?」と大騒ぎになっていた夕べの7時ころ、NHKのニュースではトップニュースにならなかったのである。一方、韓国のメディアでは今日まで連日この話題で大騒ぎ、「明日は日本と戦争か」と言わんばかりだったようである。
以前当施設2005年4月16日記事、書籍紹介:「竹島は日韓どちらのものか」で竹島問題についてまとまった書籍を紹介したが、歴史的、国際法的にも竹島については日本の領土ということで問題はない。まあ毎度ながら困った隣国であるが、日本は日本でもう少しこの問題に対する国民の関心と理解を深める努力をすべきではある。

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2006年4月18日 (火曜日)

「日本は見すてない」:拉致問題で政府ポスター作成

今日のネット上は、もうひとつ竹島近海の海洋調査の件の方が大きな騒ぎとなっているが、そちらについてはもう少し展開を待つとしよう。今日はこちら。
政府は17日、北朝鮮による日本人拉致問題の解決への意志を表すポスターを作成した。政府が拉致問題で広報ポスターを作製するのは初めて。20万枚作成され、全国の地方自治体や交通機関、学校、空港などに張られるという。

「日本は見すてない」――拉致問題でポスター20万枚  読売新聞
「拉致 日本は見捨てない」 政府が初の広報ポスター 朝日新聞

政府もここまでやるようになったかというところだが、ただ一言言えば、ここまで時間がかかりすぎである。政府として北朝鮮による拉致をいつ頃から認識していたか、少なくとも今から18年前の1988年にははっきり認識していたのである。1988年3月26日参議院予算委員会の議事録には閣僚、政府要人の発言として以下の記録がある。

「昭和五十三年以来の一連のアベック行方不明事犯、恐らくは北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚でございます。解明が大変困難ではございますけれども、事態の重大性にかんがみ、今後とも真相究明のために全力を尽くしていかなければならないと考えておりますし、本人はもちろんでございますが、御家族の皆さん方に深い御同情を申し上げる次第であります。」梶山静六国家公安委員長(当時)

「ただいま国家公安委員長が申されたような気持ち、全く同じでございます。もし、この近代国家、我々の主権が侵されておったという問題は先ほど申し上げましたけれども、このような今平和な世界において全くもって許しがたい人道上の問題がかりそめにも行われておるということに対しましては、むしろ強い憤りを覚えております。」宇野宗佑外務大臣(当時)

「まず、一連の事件につきましては北朝鮮による拉致の疑いが持たれるところでありまして、既にそういった観点から捜査を行っておるわけであります。」城内康光警察庁警備局長(当時)

今にしてこの発言を読むと、「そこまでわかってたんなら・・・」という印象である。ちなみにこれは87年11月、大韓航空機爆破事件の犯人である金賢姫容疑者が「自分の教育係は拉致された日本人」と発言し話題となった4ヶ月後のことである。当時週刊誌などではある程度、「日本海側で多発するアベック失踪事件は北朝鮮による拉致?」といった程度の記事はあったが、上述の国会答弁があったことはマスコミはなぜかほとんど報じられなかった(蓮池透著「奪還-引き裂かれた二十四年-」によれば、全国紙では日経が夕刊でベタ記事。朝日、毎日、読売は一行も報じず、蓮池氏自身がこの国会答弁のことを知ったのは何年も後のことだったという)。
まだ帰らぬ拉致被害者を一刻も早く取り返すことが最重要として、拉致問題がなぜここまで時間がかかったのかの議論も必要である。

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2006年4月 2日 (日曜日)

千代田のさくらまつり(4/1)

舞浜駅から九段まで~♪勝手知ってもじれったさ~♪(大混雑)

九段の単なる酔っ払いこと、施設長です。
今年も行ってきました。千代田のさくらまつりです。いや、凄い人出でした。九段下の駅を降りて地上に出ようにも階段の通路の狭くなってる箇所がボトルネックになって出られない。参道に入ってからも拝殿に辿り着くまで一苦労でした。参道の途中最も混んでるところは何かと思いきや、大村益次郎像の周りに特設ステージなどが作られ、「靖国神社の桜の下で『同期の桜』を歌う会」だそうです。元軍人のお年寄りに、戦前の女学生のような格好の女性コーラスに、日本兵のコスプレしてる人に、「お前がなんでそんな歌知ってんだよ」と言いたくなるような世代の人にw、たくさんの人が歌っていました。身動きが取れなくなってたせいで、「月月火水木金金」「加藤隼戦闘隊」その他3~4曲は聴かせてもらえたような気がします。

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このすごい群衆。昨日一日だけで何万人だったのでしょう。まあ去年行ったのは日曜日で今年は土曜日行ったのはあるけれど、ここ何年かの時系列で言って、なんか靖国神社に来る人って増えてね・・・?屋台で飲み食いしようにも、座る場所が全然なく、石灯籠の土台に腰掛けて飲んだり食ったりしてました。ひょっとするとこれも近年変わりつつある日本の世論を反映してたのかもしれない。
しかし、次回からは参道で飲むときは折りたたみイスでも持参した方がいいかもな、こりゃ。w

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