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2006年4月18日 (火曜日)

「日本は見すてない」:拉致問題で政府ポスター作成

今日のネット上は、もうひとつ竹島近海の海洋調査の件の方が大きな騒ぎとなっているが、そちらについてはもう少し展開を待つとしよう。今日はこちら。
政府は17日、北朝鮮による日本人拉致問題の解決への意志を表すポスターを作成した。政府が拉致問題で広報ポスターを作製するのは初めて。20万枚作成され、全国の地方自治体や交通機関、学校、空港などに張られるという。

「日本は見すてない」――拉致問題でポスター20万枚  読売新聞
「拉致 日本は見捨てない」 政府が初の広報ポスター 朝日新聞

政府もここまでやるようになったかというところだが、ただ一言言えば、ここまで時間がかかりすぎである。政府として北朝鮮による拉致をいつ頃から認識していたか、少なくとも今から18年前の1988年にははっきり認識していたのである。1988年3月26日参議院予算委員会の議事録には閣僚、政府要人の発言として以下の記録がある。

「昭和五十三年以来の一連のアベック行方不明事犯、恐らくは北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚でございます。解明が大変困難ではございますけれども、事態の重大性にかんがみ、今後とも真相究明のために全力を尽くしていかなければならないと考えておりますし、本人はもちろんでございますが、御家族の皆さん方に深い御同情を申し上げる次第であります。」梶山静六国家公安委員長(当時)

「ただいま国家公安委員長が申されたような気持ち、全く同じでございます。もし、この近代国家、我々の主権が侵されておったという問題は先ほど申し上げましたけれども、このような今平和な世界において全くもって許しがたい人道上の問題がかりそめにも行われておるということに対しましては、むしろ強い憤りを覚えております。」宇野宗佑外務大臣(当時)

「まず、一連の事件につきましては北朝鮮による拉致の疑いが持たれるところでありまして、既にそういった観点から捜査を行っておるわけであります。」城内康光警察庁警備局長(当時)

今にしてこの発言を読むと、「そこまでわかってたんなら・・・」という印象である。ちなみにこれは87年11月、大韓航空機爆破事件の犯人である金賢姫容疑者が「自分の教育係は拉致された日本人」と発言し話題となった4ヶ月後のことである。当時週刊誌などではある程度、「日本海側で多発するアベック失踪事件は北朝鮮による拉致?」といった程度の記事はあったが、上述の国会答弁があったことはマスコミはなぜかほとんど報じられなかった(蓮池透著「奪還-引き裂かれた二十四年-」によれば、全国紙では日経が夕刊でベタ記事。朝日、毎日、読売は一行も報じず、蓮池氏自身がこの国会答弁のことを知ったのは何年も後のことだったという)。
まだ帰らぬ拉致被害者を一刻も早く取り返すことが最重要として、拉致問題がなぜここまで時間がかかったのかの議論も必要である。

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