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2011年2月28日 (月曜日)

「反独裁」「反ファッショ」山手線1周国民ラリー(2/26)

うーん、すみません、今回はオリジナル取材ではありません。が、記事にはしておきたい。

【東京都渋谷区ほか】 2/26(土) 決起せよ!「反独裁」「反ファッショ」山手線1周国民ラリー アジアに自由と平和を!菅民主党政権打倒!中国の尖閣・台湾・アジア侵略阻止! (2/26) 頑張れ日本全国行動委員会

当施設でも何回か取材した頑張れ日本全国行動委員会主催のデモ、26日土曜に山手線ラリーと題して渋谷、池袋、上野、有楽町と山手線で順にめぐる街頭宣伝ラリーが行われた。以前、一昨年6月にNHK「JAPANデビュー」問題の抗議でもの一環で抗議を表すTシャツなどを着て山手線をめぐる抗議デモを当施設でも取材し大変興味深かった('09/6/28当施設記事「史上最大八千人原告団NHKを提訴+抗議第4弾山手線作戦編:JAPANデビュー問題(6/25,6/27)」参照)が、今回あれに近いものが再び行われたようである。
とりあえず、参加された方の撮影による動画がYouTubeにアップされていたので紹介しておく。

2011.02.26 反独裁 反ファッショ 山手線1周国民ラリー (YouTube)

参加された皆さんGJ。お疲れ様でした。

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2011年2月13日 (日曜日)

強制連行神話がまたひとつ:毎日、読売の地方欄より(2/12)

年明け以降、いろいろと慌ただしく、しばらく更新が空いてしまいました。
でも今日はこのニュースを見て言いたいことがムラムラw。

軍艦島:徴用の韓国人、65年ぶり上陸 「史実見つめて」 (毎日新聞、2/12)
>世界遺産登録を目指す動きがある長崎市の端島(通称・軍艦島)。戦前その炭鉱に徴用され、長崎原爆投下後に被災地のかたづけにあたった韓国在住の崔璋燮(チェ・チャンソプ)さん(82)が65年ぶりに島に上陸した

強制連行の地に再訪 韓国の崔さん65年ぶり軍艦島へ (読売新聞、2/12)
>戦時中、長崎市の端島(通称・軍艦島)に強制連行されていた韓国人の崔璋燮(チェチャンソプ)さん(82)が、約65年ぶりに再上陸した。11日、同市野母町の軍艦島資料館で当時の記憶を語る「報告集会」を開き、「死地に帰って来たような思い。当時のつらい記憶がよみがえった」と感慨深げに語った。

例によってこの「強制連行」という言葉を聞くと聞き捨てならず読んでしまう。まあネット上ではさんざんツッコミの入ってることではあるが、毎日、読売それぞれのソースには崔璋燮氏が「強制連行」された時期についてこうある。

>朝鮮半島南部の益山(イクサン)に暮らしていた1943年2月徴用された。 (毎日新聞)

>崔さんは韓国・全羅北道(チョルラプクト)出身で、1943年2月に島へ強制連行させられた。 (読売新聞)

はい、ダウトw。

この手の話題で「強制連行」呼ばわりされているのは戦時中の国民徴用令により勤労動員されたことを指している。国家総動員法に基づき国民徴用令が施行されたのは1939年だが、これは当初内地のみ対象となっていたもので、朝鮮では対象とはなっていなかったのだ。これが大戦末期、日本が敗色濃くなったときには内地だけではまかないきれなくなり朝鮮出身者も徴用の対象としたのだが、その期間は1944年9月から終戦までの1年弱の期間である。
そう、マスメディアの報道の通りに長崎の軍艦島の炭鉱に連れてこられたのが1943年2月だというのなら、明らかに「強制連行」ではないのだ。おそらくは応募による出稼ぎで来たものであろう。
ただ、想像するに崔璋燮氏は当時わずか14歳の少年、家庭の経済的な理由などから出稼ぎに出なければならないといった事情があったとも考えられる。本人にとってはいずれにせよ大人達の事情で自分の意思と関係なく軍艦島の炭鉱に連れて行かれて働かされた、といった話までならばそれは十分理解できる。
だが、だったらそれを「日本」が「強制連行」した話にしていいってものではない。
もう当時を知る世代が少なくなった今、このようにドサクサ紛れにありもしない強制連行神話がまことしやかに垂れ流されている例が後を絶たない。こういうのにはひとつひとつツッコミを入れていかねばならないだろう。
それにしても最も強い怒りを覚えるのは、わざとか知らないがこういった調べればすぐにわかるような「強制連行」神話証言をろくにウラも取らずにあたかも事実であるかのように垂れ流す毎日新聞や読売新聞のようなマスメディアである。未だ「強制連行」などというデマ用語を使う彼らにジャーナリストの資格はない。

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