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2011年8月14日 (日曜日)

終戦記念日向けの社説より(8/14)

さて、明日は終戦記念日。毎度新聞の社説が話のネタになるのだが、まあまた何ともトンデモなネタが現れたので記事にしとこう。

終戦66年 今も続く米軍の占領/再び沖縄を戦場にするな (琉球新報社説,8/14)
>終戦記念日を前に枝野幸男官房長官の口から驚くべき言葉が飛び出した。10日の参院沖縄北方特別委員会で「(尖閣諸島に)他国が侵略してきたら、あらゆる犠牲を払ってでも自衛権を行使し、これを排除する」と述べたのである。漁船衝突事件などを起こした中国が念頭にあるのは間違いない。
(中略)
>武力行使をほのめかす発言自体、憲法の理念に抵触する。平和主義をないがしろにする人物が官房長官の任にあるのは大きな問題だ。攻めてきたら戦うと言わんばかりの態度は人命軽視にほかならない。

驚くべきはお前だよと言いたくなる。何が人命軽視だ。先日の東日本大震災では「想定外」という言葉に批判の矛先が向けられたのが記憶に新しい。他国からの侵略を含め非常事態を想定することができない者に国の安全や平和を守ることは不可能だ。枝野官房長官の発言は至極当然、極左シンパがいる民主党政権にしてはまともな発言だ。まあ現政権は今まで言ったことを実行に移せたかという問題は多々あるがw。

>政府に求められるのは、紛争など起き得ない友好な関係を隣国との間に築くことだ。

いいえ、そんなものだけでは全く不充分です。

はっきり言おう、現憲法を「平和憲法」などという言い方こそが、印象操作に基づいて作られた極めて悪質なプロパガンダ用語だ。現憲法の9条などという危険なバグを抱えた憲法など、平和憲法どころかむしろ「セキュリティホール憲法」とでも呼ぶべきだ。 今もなお日本国の外には、日本では当たり前な自由や人権や民主主義といった価値観を共有しない国が存在する。話し合いだけでは解決しない事態が発生する危険が世界には厳然として存在する。でももしもそのような事態に直面しても「自衛権は行使しません、侵略されようが犠牲は一切払いません」のどこが人命尊重なんだ。国の安全を預かる立場としてそのような事態を想定できなくてどうするのだ。琉球新報のような言い草までになると日本を陥れるための悪意で書いてるのではないかと疑いたくなるほどだ。 まあ、以前からのことだが、尖閣の事件や東シナ海ガス田の問題など、中国の脅威に最も近い沖縄地域の言論界の残念ながらこれが現状である。沖縄の言論界ははっきり言ってきわめて病んでいると言わざるを得ない。

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