« 終戦記念日向けの社説より(8/14) | トップページ | パラオに行ってきました(9/10-15)・中編 »

2011年9月29日 (木曜日)

パラオに行ってきました(9/10-15)・前編

さあ、久々にやってまいりました。当施設オリジナルの海外取材です。いつぞやのハワイに続き第二弾、いってみましょう。
行ってきたのはパラオ共和国。どこにあるか皆さんご存知でしょうか。パラオ共和国は太平洋上、ちょうどグアム・サイパンとフィリピンの間くらいに浮かぶ大小無数の熱帯の島々からなる人口2万ほどの小さな国。1994年独立。その前は戦後ずっとアメリカの信託統治領、そしてその前、第一次大戦後のパリ講和会議から第二次大戦終結で主権を放棄するまでの約20数年間は日本が委任統治していた。そう、台湾や朝鮮半島のほかに日本の統治時代の経験をもつもうひとつの国、それがパラオである。
今回は5泊6日、といっても実質現地4日の旅であった。日本からパラオへは定期の直行便はなく、今回グァム経由だったため行き帰りに時間を要したのと夜中の移動となった。前日出発して滞在先であるパラオ・ロイヤル・リゾートに到着したのが夜中の2時台。パラオ国際空港について以来周りは真っ暗、さてどんなところに着いたのだろうと思いつつ寝て朝起きると、ようやく熱帯の楽園とご対面、部屋のベランダからの景色に目を奪われる。
P1000391__2Palau_kame__2

いや美しい。サンゴの真っ白な砂浜って実在するのね。ホテルが持つプライベートビーチを泳いだらもう魚やシャコ貝にも出会える。あとありがたかったのは熱帯のわりには意外に暑くない。ハワイと違い湿度はかなり高いことは知っていたので覚悟していたのだが、絶海の島のパラオも海洋性気候であり暑くなり過ぎないのだ。暑くても30度ちょっと、平均28度くらいか。日差しは日本の7~8倍の紫外線と強烈で屋外にいればどんどん暑くなるが、日陰に入れば暑くない。
それでも心配したのが天候、パラオは高温で多湿。雨は多い。近年パラオではあまり雨期と乾期の区別がはっきりしないらしいが9月は雨期であり、天気が悪いことも覚悟していた。だが滞在中ほとんど晴天という幸運に恵まれた。2、3度スコールに見舞われたが激しく降るその向こうの空は青空と、なんか清々しいくらいだった。

さて、本題。当施設的パラオ取材の大きな目的、それは第二次世界大戦末期に日米両軍の激戦地となったパラオの戦跡ツアーである。ここでパラオ・ペリリュー島の戦いについて簡単におさらいしよう。第二次大戦末期の1944年9月、戦前アメリカの植民地だったフィリピンを奪回するため、アメリカ軍はパラオ諸島の南に位置するペリリュー島を攻略する。ペリリュー島には日本が建設した飛行場があり、アメリカにとってフィリピン奪回の戦略拠点だった。
すでに制海権と制空権を掌握して圧倒的な物量でペリリュー島攻略に臨んだ米軍に対し、満州から転戦し関東軍最強と言われた陸軍第14師団麾下の水戸歩兵第2連隊を主力としたペリリュー島の日本軍守備隊は、島内に500以上の洞窟陣地を作るなど半年かけて島全体を要塞化して迎え撃った。
当初3日で占領できると予想していた米軍だったが、ゲリラ戦法による徹底した持久戦にもちこんだ日本軍は凄まじいまでの奮戦を見せる。日本軍による組織的な抵抗が終わったのは上陸開始から実に2か月半も経った11月終わり。その間日米両軍の凄絶な戦闘が続き、アメリカ側も当初攻略を担当した第一海兵師団が死傷率60%以上の全滅判定を受けて陸軍第81師団と交替するなど、アメリカ軍にとっても「米国の歴史上で最悪の損害比率を甘受せねばならない」戦いとなったのである。
(中編に続く)

|

« 終戦記念日向けの社説より(8/14) | トップページ | パラオに行ってきました(9/10-15)・中編 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/94498/52855426

この記事へのトラックバック一覧です: パラオに行ってきました(9/10-15)・前編:

« 終戦記念日向けの社説より(8/14) | トップページ | パラオに行ってきました(9/10-15)・中編 »